楽器を歌うように弾くなんて言い方があるが、歌うようにコンピュータにデータを打ち込むとはあまり言わない。
あまり大きい声で言うと恥ずかしいが、僕は歌うようにを打ち込みたいと真剣に思っている。
感情表現など心の動きを数値化したりするノウハウは身につけたつもりだ。
しかし、先ずは自分の頭の中で打ち込みたい楽器のフレーズが鳴らなければ始まらない。
そして悲しいことに、そのフレーズがダサかったらそのノウハウはまったく生かされない。
そうか、ノウハウより頭の中のフレーズのセンスなのか・・・
今ごろ10周遅れの堂々巡りをしたりしている。
生来のセンスが良ければ何も問題はないのだが、あればとっくにヒットとか出しているはず。
僕のような凡人は、試行錯誤の山を築きながら失敗や無駄や徒労を恐れずに、良いフレーズと出逢えるまでひたむきに足掻き続けるしかないようだ。
24時間、夢の中まで七転八倒してね。
僕は喘息持ちなので、呼吸のコントロールがあまり上手ではない。
歌の上手なひとは、呼吸のコントロールが上手い。
一瞬で沢山の息を吸い、ゆっくりと安定したペースで発声できる。
僕はそのどちらもダメだ。
無理に歌うと気管支がゼーゼーしてきて、なんとも情けない。
その辺のコンプレックスと、通信カラオケの音源づくりの辛い思い出が甦るので、カラオケの場は極力避けて来た。
しかし、最近は通信カラオケに僕の作詞作曲した歌が何曲が入るようになって、歌手だけでなく作詞作曲家も積極的に歌ってプロモーションしなければいけないことがようやく解ってきた。
理解が相変わらず10周遅れだが。
その上、歌の作曲のオーダーも少しずつ増えて来て、デモ用の仮歌を歌わなければならないことも多くなってきた。
凄くコンプレックスがあるのだが、自分をなだめすかして最近は歌の練習をしている。
しかし、客観的に見て歌の才能は全然ないと思う。
それでも、無駄や徒労を恐れずというより無駄や徒労そのものなのだが、ただ続けるしかない。
続けていれば、少しはマシになるかもしれない。
ただ、自分の才能で唯ひとつ自慢できることなのだが「継続する力」だけはあると思う。
悪く言えば「諦めが悪い」のだが。
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